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【一歩を踏み出すことが出来たなら】

これは【SEKARABO】に2021年3月28日に投稿された記事です。

変わることには代償がいる、という内容の記事になります。
少し長い文章になりますが、お付き合いください。

一歩を踏み出す事が出来たなら、そこに希望は既に存在している。
夢を持つ事は苦しい時もある。
一歩を踏み出す事は怖いことだ。

だけど、
自分の殻を破り、その一歩を踏み出せた人のことが、
当時の僕にはどれほど眩しく、そして羨ましく見えたかを今でも覚えている。

そんな日は、泣いた。
一人になれる場所を探して、帰り道も分からなくなるくらいに泣いた。

このブログは、竹内力也自身が立ち向かっている「希望格差問題」へのアプローチとして、実際に何を行っているのか
その「企画・考え方・一次情報」をアウトプットしているオンラインサロン【SEKALABO】に投稿された過去記事を中心に更新しています。

目次

時間は有限だ

迷っているうちに出来たはずの事も、どんどん実行する事が難しくなっていく。

よく世間では「何歳からでも始めることは遅くはない」ということを言うよね、それは事実だ。
始めることなら出来るケースは多いと思う。

でも走り切ること、成し遂げることはまた違う問題だ。
コレもまた紛れもない「事実」だ。

「金がないから」
「コネがないから」
「経験がないから」
そんなことを言って、始めることから逃げたら、絶対に前になんて進めない。

どんなに周到に用意しても、どうせ失敗する。
怪我しないようにしても、傷付かないようにしても、
本気で目指し取り組んだら怪我もするし、当然傷だらけにもなる。

でもそんなの「本気」で夢を見て、掴もうとする人は皆経験している。

本気で行動していたら失敗することも傷つくこともおかしなことじゃない。
それは、確信があるからはっきりと言える。

だけど、もし傷だらけになるくらい物事や自分の信じた道に「打ち込む」ことを避けて、これからも生きていくなら
LEVELを一定水準以上に上げることは諦めた方が良い。

これを読んでいる人には「タケウチだったから出来た」なんて思わないで欲しいし、
そんな軽い言葉でこの記事の内容を片付けないで欲しい。

僕は、本当にクズだった。

25歳くらいまでの僕は、本当にクズだった。

ずっとグダグダ言って、夢にも立ち向かわず、夢を持つ人に嫉妬ばかりして、
そのくせ自分の夢を人前で話すことで周りに笑われるのを恐れるような臆病者だった。

人より学力も体力も教養も経験も劣っていることを知りながらも
「本気だ」と口では言いながらも陰で努力する継続力もなくて、
毎日のように人目や自分の本心から目を背けるように逃げるような生活を送ってきた。

そんな僕が、自分にスイッチを入れる事ができた自分への「問」を一つここで、シェアする。

それは
「10年先の自分がはっきり想像できるか?」
という問いだ。

当時の僕にはそんな先の事、50年くらい先の話に思えたし何も浮かばなかった。

だけど、ふとした事でこの問いを数年後に思い出した時、
もしかしたら10年後には、「もう僕は、死んでいるのかもしれない」という答えが心によぎって、
僕はそれまでの自分の生きてきた過去にも、今現在の自分にも、
何より「今のままで」生きていくことを許してしまっていた、
そんな弱くて、ぬるい自分自身に強烈な「敗北感」を持った。

そして、上に書いたセリフは、僕自身が過去に言ってきた言葉だ。

「金がないから」
「コネがないから」
「経験がないから」

もうやめにしようと思った。

代償を払う覚悟

生き方を変えるには、代償を払う事がある。
価値観を変えるって相当大変だし、時間がかかる。

いや、むしろ時間をかけて、行っていかなければならない。
なぜなら人は変わったと思っても、そんな「簡単に変わることは出来ない」からだ。

25歳まで僕はクズだったと書いたが、正式には20歳前くらいから僕は、自分改革に取り組み始めた。
結果「25歳までクズだった名残を引きずった」と言った方が正しいかもしれない。
(改革を意識したのに5年もかかったんだ)
要は、「時間がかかる」という事を伝えたい。

自分を大切にしながら「育てる」ということは、半端な気持ちや意識では出来ない。
だから、むしろ時間をかけて計画的に行っていかなければならない。
(じゃないと、大切な部分まで壊れちゃうよ)

だけど、考えてみて欲しい。

今の自分をあまり好きになれていなかったとして、
そんな自分の価値観を変えることで、
今よりも自分自身を好きになれるならどうだろうか?

自分の言葉や考えに今以上に責任を持って、生きることが出来るならどうだろうか?

僕は、あれ以来、10年後の自分をいつも見据えて日々行動をしている。
今だってそうだ。

そして、早く未来の自分に逢いたいと思う程に、「自分自身の描いたビジョン」を信じている。

だからどんなに今日が疲れるものでも、明日が大変な1日になると分かっていても、
そんな明日を楽しみに眠ることが出来る。
(むしろ寝ていても夢の中でもそのビジョンを見ているから、例えるなら寝ても覚めても脳内は恋をしている「学生状態」かもしれない。笑)

それにしても
僕は周りから見ると、とても「忙しくて、大変そう」な人に見えるらしいが、
僕からすると
いちいち起きた事に落ち込んだり、喜んだり一喜一憂している人の方が「忙しくて、大変そう」な人に見える。

そういう人って多いよね。

少なからず僕は、
自分の言葉や考えに責任を持って生きる事ができる今の日々と、生き方を愛おしいとさえ思っている。
でもそれは、一歩を踏み出すことから始まっていることを忘れないで欲しいと思う。

その一歩を踏み出すことができた時点で、
そこには1つの「希望」が既に存在しているということを覚えておいて欲しい。

そして、そんな一歩を踏み出す勇気やきっかけを僕は一人でも多くの人に届けたいし、
伝わればいいなーと思っています。

最後に

このサイトにアップロードされる記事は、希望格差に立ち向かう竹内力也が、その活動と考えを記録しているオンラインサロン【SEKALABO】にアップロードされているモノをアップロードしてます。

現在進行系の活動をリアルタイムに見たい場合は、是非オンラインサロン【SEKALABO】を覗いてみてください。

2021〜2023年以内に、これから予定している活動(少しだけ公開)

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